ラスキンと御木本隆三について

John Ruskin (1819~1900)

ジョン・ラスキンはロンドンに生まれ、幼年時代より美術、文芸、宗教、自然観察の教育を両親から受け、後にオックスフォード大学に学び、詩についての著作、美術批評などに力をいれ、若干24歳で名著『近代画家論』を発表し時の人々を驚かせた。しかし彼は当時の英国において美を説くよりは、道を説くことが急務であると信じ『建築の七燈』『ベニスの石』『この最後の者にも』『胡麻と百合』などを著し、美術批評から経済社会教育に限りない情熱を注いだ思想家として、19世紀後半幅広く活躍し81歳でこの世を去るまで、英国人の生活や思想の啓発に多大な影響を及ぼした偉大なる先覚者と言われている。


御木本隆三 (1893~1971)

御木本隆三は真珠王として知られる御木本幸吉の長男として生まれ、第一高等学校の時にラスキンの思想にふれ、当時、ヒューマニズムの立場から経済思想の探求に情熱を燃やし、ラスキンにも深い関心を持ち、青年学徒に大きな影響を与えていた河上肇教授を師とすべく、京都帝国大学に入学。師の奨めもあって、ラスキン研究に没入していった。そうした状況の中で、隆三は家業を嗣ぐことよりラスキンの研究に熱意を傾け、1920年イギリスに渡り、ロンドンやコニストン湖畔など、ラスキンの故地を訪れ、ラスキンの親戚、友人とも会い、関係書籍の蒐集にも努めた。この時以降29年までの10年間に、しばしば渡英し、ラスキン遺墨・遺稿などの入手に努めもした。隆三は1931年にラスキン協会を設立、ラスキン協会雑誌を刊行し、34年には東京銀座に「ラスキン文庫」も開設した。

(ラスキン文庫前理事長 故隅谷三喜男氏による「現代文化に問いかける図書館」より)

一般財団法人ラスキン文庫
【事務局】
〒104-0045 東京都中央区築地1-8-1 亀井橋ビル3F
TEL: 03-3542-7874
FAX: 03-3542-3655